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京都地方裁判所 昭和44年(む)259号 決定

主文

本件準抗告の申立はこれを棄却する。

理由

一、本件準抗告の申立趣旨ならびに理由は、別紙第一のとおりである。

二、一件記録によると、被疑者は昭和四四年一〇月二九日別紙第二に記載の被疑事実の現行犯人として司法巡査から逮捕されたこと、京都地方検察庁検察官は同年一一月一日京都地方裁判所裁判官に対し被疑者についての勾留請求をなしたところ、右裁判官は同日逮捕手続が違法との理由により右勾留請求を却下したこと、がそれぞれ明らかである。

三、ところで、被疑者を現行犯人として逮捕することが許容されるためには、被疑者が現に特定の犯罪を行い又は現にそれを行い終った者であることが、逮捕の現場における客観的外部的状況等から、逮捕者自身においても直接明白に覚知しうる場合であることが必要と解されるのであって、被害者の供述によること以外には逮捕者においてこれを覚知しうる状況にないという場合にあっては、事後的に逮捕状の発布請求をなすべきことが要求される緊急逮捕手続によって被疑者を逮捕することの許されるのは格別、逮捕時より四八時間ないし七二時間内は事後的な逮捕状発布請求手続もとらず被疑者の身柄拘束を継続しうる現行犯逮捕の如きは、未だこれをなしえないものといわなければならない。

四、そこで被疑者が現行犯人として逮捕された当時の状況につき一件資料を検討するに、

被疑者は昭和四四年一〇月二九日午後八時五五分ごろ通りがかりの京都市中京区西ノ京池の内町八番地金物商三輪幸雄方において本件犯行に及んだこと、被害者三輪幸雄は直ちに一一〇番にて被害状況を急訴したが、その間に被疑者はいずれかの方向へ逃走してしまったこと、被害者から被害申告を受けた警察当局は直ちに管内巡回中のパトカーに対して右犯行場所へ急行せよとの指令を流したところ、これを受けた堀川警察署司法巡査二名は、パトカーにて同日午後九時五分ごろ被害者三輪幸雄方に到着し直ちに同人から事情を聴取したこと、それによると犯人はうぐいす色のジャンパーを着て酒の臭いがする三〇歳すぎの男であるということが判明したので、同巡査らは、これに基づき犯人を発見すべく、直ちにパトカーにて現場付近の巡回に出たこと、同巡査らは約一〇分後である同日午後九時一五分ごろ、被害者方より東方約二〇メートルの地点にある路上において被害者から聴取した犯人の人相、年令、服装とよく似た風態の被疑者を発見したので直ちに被疑者に対する職務質問を実施したが、被疑者は犯行を否認して自分は犯人ではない旨申立てたこと、そこで同巡査らはその場に被害者三輪幸雄の同行を求めて被疑者と対面させたところ同人から被疑者が犯人にまちがいない旨の供述が得られたので、その場で被疑者を本件被疑事実を犯した現行犯人と認めて「現行犯逮捕」に及んだこと、等の事実を認めることができる。

五、右認定事実によれば、司法巡査が被疑者を「現行犯逮捕」したのは、犯行時よりわずか二〇数分後であり、その逮捕場所も犯行現場からわずか二〇数メートルしか離れていない地点であったのであるが、逮捕者である司法巡査とすれば犯行現場に居合わせて被疑者の本件犯行を目撃していたわけでなく、またその逮捕時において被疑者が犯罪に供した凶器等を所持しその身体、被服などに犯罪の証跡を残していて明白に犯人と認めうるような状況にあったというわけでもないのであって、被害者の供述に基づいてはじめて被疑者を本件被疑事実を犯した犯人と認めえたというにすぎないのである。なお、被疑者は、司法巡査の職務質問に際して逃走しようとしたこともなく、また犯人であることを知っている被害者自身からの追跡ないし呼号を受けていたわけでもない。

以上によれば、司法巡査が被害者の供述に基づいて被疑者を「現行犯逮捕」した時点においては、被疑者について緊急逮捕をなしうる実体的要件は具備されていたとは認められるけれども、現行犯逮捕ないしは準現行犯逮捕をなしうるまでの実体的要件が具備されていたとは認められないといわなければならない。

このような場合にあっては、司法警察職員がその時点で被疑者を逮捕したこと自体には違法の点はないとしても、直ちに事後的措置として裁判官に対して緊急逮捕状の発布請求の手続をとり、右逮捕についての裁判官の司法審査を受けるべきであったというべく、従って、そのような手続をとらずに漫然と被疑者の逮捕を継続したという点において、本件逮捕手続には重大な違法があるといわなければならない。

六、しかして、我現行刑事訴訟法は、勾留請求について逮捕前置主義を採用し、裁判官が勾留請求についての裁判において違法逮捕に対する司法的抑制を行っていくべきことを期待していると解されるのであるから、その法意からしても、本件の如き違法な逮捕手続に引続く勾留請求を受けた裁判官とすれば、仮に被疑者につき勾留の実体的要件が具備されていて将来同一事実に基づく再度の逮捕や勾留請求が予想されるという場合であっても、その時点において逮捕手続の違法を司法的に明確にするという意味において当該勾留請求を却下するほかなきものと解される。

七、そうであるとすれば、本件勾留請求を却下した原裁判はその余の点につき判断するまでもなく相当であって、本件準抗告の申立はその理由がないというべきであるから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項によりこれを棄却することとする。

よって主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 森山淳哉 裁判官 相良甲子彦 栗原宏武)

〈以下省略〉

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